函館大火の爪跡が残る、旧相馬家住宅「大火資料室」
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歴史好きに
基坂上の旧函館区公会堂のほど近く、港を見渡せる高台に建つ「旧相馬家住宅」。大火で焼失した公会堂の再建に巨額の財を投げ打つなど、明治~大正期の函館の発展に尽力した豪商・相馬哲平の私邸が、2010年から一般公開されています。
質実剛健で知られる相馬哲平の建てた屋敷は建築的にも貴重なもので、2018年10月には国の重要文化財指定が答申されることになりました。
この主屋の屋根裏からは、大正10年の大火の痕跡が発見され、函館の大火の歴史を語る貴重な資料としても注目を集めています。当時を伝える大火の記録写真も展示された、旧相馬家住宅の「大火資料室」をご案内しましょう。
この主屋の屋根裏からは、大正10年の大火の痕跡が発見され、函館の大火の歴史を語る貴重な資料としても注目を集めています。当時を伝える大火の記録写真も展示された、旧相馬家住宅の「大火資料室」をご案内しましょう。
◆函館の歴史は大火とともに。貴重な痕跡が残る旧相馬家住宅
函館の歴史は、大火を抜きにして語ることはできません。明治以降、100戸以上を焼失する大火がなんと26回も発生し、そのたびごとに復興を遂げてきました。
相馬哲平も明治40年の大火(12390戸焼失)で店舗と自宅を類焼し、明治41年に住居として建てたのがこの建物です。大正10年の大火(2141戸焼失)でも、ずっと南の東川町で発生した火が、この建物の向う角の函館商業学校まで及んだとのこと。学校の建物は全焼し、こちらにも飛び火して燃え出したところを、奇跡的に消し止められたことが記録に残っています。現在公開されている建物は、その大火をくぐりぬけて生き残った貴重な木造建築といえるでしょう。
「大火資料室」として公開されている2階の納戸(一番上の写真)に続く奥の屋根裏に、この大正大火の爪跡をガラス越しに見ることができます。
屋根裏の小屋組みの木に、黒々と残る焼け跡。
屋根最上部の端から端まで渡る「棟木」、それを支える「束」や「梁」、屋根板を支える「垂木」などに焦げ跡や炭化の跡があります。これらの木組みに使われているのは、丈夫なヒノキ(あるいはその仲間のヒバ)だそうです。屋根板や垂木の一部は修復されています。
「大火資料室」には、当時の被害状況がわかる街の写真が展示されています。その1つ「僅かに全焼を免れたる錦座惨状」は、建物は別のものですが、似たような焼け方をしている写真で、状況を類推する資料として貴重(下左)。建物はそれほどダメージを受けていませんが、屋根の上部を火が走ったようで、激しく焼けているのがわかります。
写真の展示(現在は展示内容が異なるものがあります)と屋根裏は、入館者見学自由。ただし、安全確保と現場の保存のため、屋根裏の見学はガラスの手前からのみとなります。
◆旧相馬家住宅、その他の見どころ
北海道屈指の豪商が日々の生活を送り、客人を迎えた「明治の家」。
柱、天井、建具などの材質や細部の仕上げなどに、華美ではなく「一流」のものをそろえ、築100年をすぎても風格はそのまま。函館市の伝統的建造物に指定されています。
鳳凰の欄間が目をひく大広間 大理石のマントルピースのある洋間 大火に備えた土蔵を改造したギャラリー
相馬家ゆかりの調度品も展示 賓客用厠(トイレ)の青磁製便器 函館にまつわる貴重な書籍の販売も
函館市元町33-2 市電「末広町」電停から徒歩5分 0138-26-1560
開館時間 9:30~17:00(冬期休館期間を除く)。木曜休館。11月11日~3月31日は冬季休館
入館料 一般800円、小・中学生300円
「はこぶら」データベース記事 旧相馬家住宅
2012/5/22公開